デザインに感情を取り戻す旅――Material 3 Expressiveとその可能性

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創造性を保つための3つのヒント

1.制約を味方にする

Material 3 Expressiveの枠組みを「制約」として受け入れ、「構造」と捉えましょう。ルールがあるなかでデザイナーは無限の選択肢から解放され「何をどう工夫するか」に集中できるようになります。制限があることで、かえって創造性が刺激される場合もあります。ルールの中で差異をつくる視点こそ、UIデザインの洗練に不可欠な技術です。

2.異分野の感覚をUIに翻訳する

印刷物、建築、ファッションなど、ほかの分野からインスピレーションを得ることで、表現に深みが生まれます。異物感のある別の構造言語を持つ分野からのインスピレーションは、柔軟なシステムと相性が良いのです。デジタルの世界だけでデザインを完結させると、発想はどうしても似通ってしまいます。ある種の“異物感”がUIに文脈を超えた深みを与えるのです。

3.ユーザーの感情に焦点を当て、設計の起点にする

ブランドガイドや、技術的な仕様や業界トレンドに引きずられる前に、「ユーザーにどんな感情を与えたいか」を起点として設計する。例としては次のようなイメージです。

  • 安心感を与えるなら、ふわっと優しく現れるナビゲーション
  • 背中を押す体験には、キビキビと動くマイクロインタラクション
  • あえて余白を多めにして、ユーザーに考える余地を渡す構成

感情を軸に設計すれば、UIは機能以上の意味を持ち始めます。ルールに逆らうことではなく、ルールに「解釈」を加えることが求められます。それは、熟練の料理人が同じ食材でもまったく違う一皿を作るのに似ています。素材は同じでも、文脈とそこに込める感情によって、その表情はまったく異なります。わずかな構成の差が体験の質を左右し、その巧みさこそがデザイナーの腕の見せどころです。

エンジニアとの協業にも「表現」を

 Expressiveのような表現豊かなUIは、デザイナーだけでは実現しきれません。表現の精度を決めるのは「実装を担うエンジニアとの協業の質」です。ありがちなミスは、デザインツール上では完璧に見えるが、実装すると何かがズレてしまうといったケース。この原因は、仕様の抜けやツールの限界ではなく「意図の共有不足」にあることがほとんどです。

 そのためには、以下のような技術面とコミュニケーション面の両方からのアプローチが重要です。

モーションは「演出の意図」ごと伝える

単に「0.2秒でフェードイン」と指示するのではなく、なぜそのモーションが必要かを伝えることが大切です。「期待感を演出したい」など、動きに込めた意味をMotion Specとして明示しましょう。

カラーはStyle Tokenでロジカルに共有

感覚ではなく構造で配色を共有するために、たとえばFigmaのStyleなど管理ツールを活用します。Expressiveなトーンも、ただの色指定ではなく「Semantic ColorでTone ‘Bold’のPrimary」「状態遷移に応じたアクセントカラーの切り替え」といった、論理的なレイヤーで整理された伝達が、デザインと実装の齟齬を防ぎます。

プロトタイプは一緒に触る

完成したUIモックを一方的に渡すのではなく、実装者とともに動かしながらレビューすることで、「クリック感のテンポ」「トランジションの引きの長さ」といった、数値化しにくい肌感の差異に気づけます。

Material 3 Expressiveを本当の意味で使いこなすには、「見た目」だけでなく「意味」を共有する姿勢が欠かせません。「この色を選んだ理由」「この動きに込めた感情」。それを語れるデザイナーこそ、エンジニアにとって最も信頼できる存在なのではないでしょうか。

おわりに:素材を体験に昇華するのは、私たちデザイナー

 Material Designは、あくまで素材(material)にすぎません。そのまま使えば、たしかに誰でも整ったUIが手に入りますが、素材だけで料理が完成するわけではありません。レシピを考え、味付けを工夫し、盛り付けに心を込めること。そこに、体験としてのデザインの本質が宿ります。

 感情のトーンで色を選び、意味のある動きを加え、空気感のあるレイアウトを構成する。Material 3 Expressiveは、そんなデザイナーの表現力を引き出すシステムです。つまり、使う人の「表現力」次第で、まったく違う料理(体験)を提供できる設計思想なのです。

デザインシステムは「道具」 主役は体験

もちろん、どれだけ自由度が広がったとしても、全員が同じ道具を使えば、似通ったデザインが量産されるリスクは依然として残ります。だからこそ重要なのは、デザインシステムと健全な距離感を保つこと。そしてそれを「絶対的な正解」として盲目的に使うのではなく、「ユーザー体験を最大化するための土台」として活かす視点です。

最終的に、ユーザーが求めているのは「Material 3っぽいUI」ではなく、自分の課題が解決され、心がちょっと動くような体験です。そのために必要なのは、素材を活かす目と、調理を楽しむ姿勢。そして、ユーザーの感情にちゃんと向き合う想像力です。

 これから先、UIはさらに自動化と効率化が進んでいくでしょう。それでも、「このアプリ、なんかいいね」と言ってもらえる余白は、まだまだ残されているはず。あなたの「ひと手間」が、その余白を満たすのです。

 この記事が、そんなUXの可能性を考えるきっかけとなれば嬉しく思います。それではまた次回、お会いしましょう。