実務的な問いと哲学的な問いのバランス
CIID Winter Schoolでは、プロトタイピングやサービスデザインといった手法を、5日間のワークショップ型のセッションを通じて習得する。「People-Centered Research」「Service Design」「Intro to Interaction Design」などコースは8つ用意されており、それぞれ異なるデザインのアプローチを体験していくというもの。SDGsで掲げられている思想がすべての授業に踏襲されているのも、大きな特徴のひとつだ。
取材に訪れたのは、ユーザーニーズとテクノロジーから未来を読み解く「Future Casting」コースの2日目。さまざまなテクノロジーが日々生み出されているなかで、いまなにが起こっているのか、これからどうなっていくのか、その際のハードルとは――といった問いについて、経済、政治、環境、倫理、社会の5つの視点から考えていくというものだ。
ここで取りあげられていたのは、Emotional AI(感情認識AI)、AR、宇宙での製造ビジネス、遺伝子操作、生体工学テクノロジーなどのテーマ。4人ほどがグループとなり、下記5つの問いを起点に各テーマをさまざまな視点から深堀りし、ディスカッション内容の発表などがなされていた。
- what is currently happening in research centers?
- how did we get to the current state of this technology?
- what/who are the competitors/allies?
- what people/industries might be disrupted?
- what are the implications for developing countries?
講師のFilippo CutticaさんとElena Gianniさんは、グループの発表に対するアドバイスや講義を通じて、テクノロジーについて思考を巡らす際のヒントを与えていた。
「歴史を遡ると、ルネサンス時代には活版印刷など、さまざまなものが発明されています。いま、とくに革新的なテクノロジーがたくさん登場していると思うかもしれませんが、技術革新は過去からずっと続いているのです」(Filippoさん)
「未来というのは、その時点で真っさらな状態のものではなく、過去から未来のその時点までずっと続いていること、現在起こっていることやこれから起こること、未来まで残っていることなどで構成されているものだと理解することが大切です。つまり、過去の事象や現在の事象を理解することが将来を想像するときのポイントのひとつになるのです」(Elenaさん)
編集部ではまず、この「Future Casting」コースの講師を務めたふたりに単独取材を行った。Filippo CutticaさんはBBCでエシカルデザインやメディアアートなどに携わっており、Elena Gianniさんは、ニューヨーク・タイムズでイノベーション部門に携わっていた。
――今回の「Future Casting」のコースの狙いはどのような点にあるのでしょうか。
Filippo ひとつは、テクノロジーがこれだけ重要視されているなかで、それをどのように問題解決に活用していくのか、そのつなげ方を考える点。もうひとつは、テクノロジーがどういった問題を解決できるか、ということに適切な問いを投げかけられるようになるために、参加者たちのマインドセットを変えていく、という点のふたつです。
5日間のゴールとしては、未来に対してテクノロジーを活用してどのようなステップを踏んでいけばいいのか?ということを参加者たちが実感できるように導いていければと思っています。
――クリエイターがテクノロジーと向き合う際に心がけるべきことはありますか?
Elena 私の拠点はアメリカですが、基本的にアメリカのテクノロジーのトレンドはシリコンバレーからきています。その中では、盲目的に「テクノロジーというのは、社会に対してポジティブなものを生んでいくものだ」と思われがちです。新しく登場したテクノロジーに対し、なにも考えずにそれらをプロダクトやサービスに取り入れるということが行われることが多くありますが、それではいけません。
そのテクノロジーがどういう課題を解決しているのか。それによってネガティブなインパクトを生み出す可能性はないのか。そういった、テクノロジーに対して「それって本当にいいの?」という疑問を投げかけていくことがとても重要だと思います。
Filippo クリエイターがテクノロジーのことをすべて完璧に理解することは不可能だと思いますが、いまあるテクノロジーはどういう要素を持っているのか。それは曲げられるのかとか、変形させるとどうなるのかというように、どんな性質を持っているかをしっかり考えていくという点は、クリエイターに求められる部分ではないかと思います。
デザインというのはとても哲学的なものでしたが、いまはデザイン思考など課題解決の手法になってきている。デザイン思考もどちらかというと、人の考えることではなくて、手を動かして課題解決をする方向にどんどん向かってきている。もちろん、哲学的な思想を持ってほしいということではありませんが、実務的に考えることと、哲学的に問いを投げかけることのバランスがいま必要だと感じています。
デザインプロセスの根底にあるのは「失敗を受け入れる」こと
続いてインタビューをしたのは、Simon Herzogさん。コロンビア大学で社会学を専攻し、卒業後はウィーンの薬物中毒者の更生施設で更生プログラムのスタッフや、NYのスタートアップで働いたのち、CIIDを卒業。CIIDが行う1年間のマスタープログラムなどの講師としても活躍している。またCIIDの別事業を通じて、さまざまなクライアントも担当している人物だ。
――まずはCIIDの思想や哲学などについて、教えていただけますか?
CIIDの出発点は、人々の声を聞くことです。もともと人間中心設計デザイン(Human-centered Design)も、人に傾聴するところから始まった考えですが、この数年間でCIIDでもそれを進化させています。当初はHuman Centered でしたが、人間だけでなく、すべての生態系や環境を中心としたLife Centeredという考えへシフトし始めています。
また、プロトタイピングをしながら人への理解を深めていくというプロセスも、CIIDでは大切にしています。領域横断的なアプローチをCIIDは得意としており、そのなかでもプロトタイピングの際のスピード感やテクノロジーを人々のニーズに満たすために活用していくといった部分もとても得意ですね。
――クリエイターがデザイン思考を上手く取り入れるためには何が必要でしょうか。
デザインというのはその中に、サービスデザインやプロダクトデザインなど、いくつか領域があります。その根底に流れているものとして共通しているのは、失敗や自分自身が不完全なことを受け入れること。日本特有だと感じるのは、細かい部分にこだわるところ。そこが日本の良さでもありますが、デザインプロセスの失敗を許容するという観点からは少し離れているように感じます。
日本では金継ぎのような、有機的に何かをつなげていくというアプローチを文化的にやってきましたよね。そういった文化にひもづいたクリエイティブをもう一度見つめ直すことが、失敗を受け入れるためのスタートポイントになるかもしれません。
――日本のクリエイターに大切にしてほしいマインドなど、なにかメッセージをお願いします。
脆弱であることや失敗を受け入れるというのは大事にしてほしいマインドセットです。ですがもう少し実務的なところでいうと、小さいプロジェクトでもいいので、あまり関係のなさそうな逆の考え方を持っている人たちをあえて巻き込みながらデザインプロセスを始めてみる。そして実際に試してみて、その成果をみんなの前でシェアする。
会社など、自分が所属する組織がデザイン思考の重要性をあまり理解してくれなかったとしても、まずはできるところから小さく始めてみるとよいのではないでしょうか。