3月から始まった本連載も、早いもので今回が最終回となります。
これまで3回にわたり、コーポレートブランディングの基礎知識とインハウスデザイナーこその向き合い方をまとめてきましたが、同時に、あるメッセージを繰り返しお伝えしてきました。それは、コーポレートブランドの確立には企業全体が同じ方向を向きながら一貫した姿勢を保つことが大切である、ということです。この一貫性の追求は、実はクリエイティブワークそれだけを抜き出しても非常に重要な姿勢です。
そこで今回は、コーポレートブランディングとデザインの一貫性に焦点を当てて、お話をさせていただきます。
デザインの一貫性は「認識のされやすさ」を加速させる
第2回でご紹介した「メラビアンの法則」を覚えていますか?
コミュニケーションにおいて印象は5秒以内に決まり、言語・聴覚・視覚の3つの情報のうち、視覚情報がその判断の半分以上を占めているという研究結果です。この結果は、ビジュアル表現が瞬発力を備えた雄弁な伝達方法である、ということを明快に教えてくれます。
コーポレートブランドの確立は、企業の目的や姿勢を起点に、その企業ならではの独自性や優位性がステークホルダーに認識されることが入口となります。つまり、「らしさ」を認識させるあるいは印象を植え付けるという場面で、ビジュアル表現が得意とする「認識のされやすさ」は、大きな武器なのです。
このビジュアル表現の長所をさらに強化するのが、一貫性です。人には、形や色が似ているものや法則性のあるものはまとまりとして見え、また新しい情報に出会うとすでにある認知や経験と関連付け、一連のまとまりとして認識するという知覚メカニズムが働きます。認知心理学ではこれを「パターン認識」と呼びますが、簡単に言うと、規則性や統一性のあるものはより認識がされやすいということです。
では、こちらの例で体感してみましょう。下記3つのパターンを5秒間見つめ、画面を見ずに描き出してみてください。
[1]◇▼×◎○■▲○
[2]◇○♡△◎□▽×
[3]◇◇◇◇◇◇◇◇
恐らく[1]を正確に描けた人はほぼおらず、[2]は正しい描写は難しくとも、「全体的に白っぽくて、シンプルな記号が並んでいた」という印象は残り、[3]は多くの方が迷わず正しく描けたのではないでしょうか。
実際のビジュアル表現はこの例よりもはるかに多くの情報量を含む複雑なもので、受け手側も絶えず無数の情報に触れています。その中でビジュアル表現の効果を最大限に活かし、少しでも意識を向けてもらうことを目指すなら、デザインの一貫性を追求することは戦略的に行うに値する合理的な工夫です。
一貫性保持のためにVIに基づくことは「必要」だが、それだけでは足りない
「一貫性」という言葉は、「状況に応じた変化が小さく、共通した特徴が保持されている」という空間的な連続性と、「時間の経過による変化があまりない」という時間的な連続性のふたつの意味あいを備えています。考えかたや性格が異なるさまざまな人が集まり、加えて機能や役割が分かれている企業という複雑な組織体において、このふたつの一貫性を保持していくためには共通の道しるべが必要不可欠。その任を負っているのが前回ご紹介したコーポレート・アイデンティティ(CI / Corporate Identity)です。
しかしCI、ことクリエイティブワークに関してはビジュアル・アイデンティティ(VI / Visual Identity)にのっとってさえいれば一貫性が手に入るかと言うと、そう簡単な話でもないように感じています。なぜならVIで規定されているのは、どんな条件下でも必ず考慮されるべき“核”であり、実際の現場ではそれだけでなく、デザイナーの皆さんに委ねられる“余白”があるからです。
余白は目的や手段、また案件を受け持つデザイナーの解釈に合わせて処理されるため、VIに準じていたとしてもビジュアル表現には一定の幅が生まれます。
たとえば、企業の信頼アップを目指し、アワードの受賞歴を訴求するテレビCMと、採用促進を目的に駅構内に掲出されるサイネージ広告とが同じクリエイティブに仕上がることはまずないでしょうし、同一の依頼内容でもデザイナーが違えばまったく異なるアウトプットが提案されるはずです。余白は、デザイナーにとって工夫や独創性を発揮できる見せ場であり、受け手にはその企業の新たな一面を発見する楽しさと感情を揺さぶる刺激をもたらしてくれます。
しかしデザインの一貫性という観点では、それがブレの引き金にもなり得ます。一貫性を担保するためにVIに基づくことは必要ですが、それだけでは十分とは言えないということは、念頭に置いておく必要があります。
では、デザイナーの皆さんそれぞれのクリエイティビティを活かしつつ、個々の案件に対する期待値を満たし、さらにその企業らしい一貫性のあるビジュアル表現を作るにはどうすれば良いのでしょうか。絶対的な方策は私自身まだ見出せていませんが、そのヒントは、1人ひとりがデザインに一貫性を持たせようとする意識を持ち、各案件を部分最適で処理しないことにあると考えています。すなわち、依頼書の情報だけを見て猪突猛進するのではなく、常に同じ原点から発想したり、企業のこれまでからこれからの流れに個々の案件を位置づける癖をつけることです。個別案件だけにフォーカスすることを「点」とするなら、より高い視座や大きな流れから個別案件を捉えることは「面」や「線」の思考と言えます。