「型」から進める企画提案書の書きかた――デザインのおもしろさをプロジェクトに込める

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「プロジェクト要件」に必要な主体性

模式図。企画提案書の基本構成。前に紹介した12種類のページのうち、「4.プロジェクト要件」ページがハイライトされている。

 「課題や与件の整理」がお互いの共通認識だとしたら、次に続く「プロジェクト要件」のページは「私たちデザイナーはこうします」という意思表示。企画提案書の核となるページであり、いわば主題です。ここでは、具体的なプロジェクトの成果や方針を示します。

模式図。課題・与件とプロジェクト要件の関係図。相手も認識している課題と、相手からの要望や前提条件となる与件。この2つから矢印が伸びてプロジェクト要件につながっている。プロジェクト要件は、企画提案する解決策、プロジェクトの成果や方針、とある。

 ポイントは、プロジェクト要件は「課題をそのまま解決するもの」や「頼まれた与件をそのまま叶えるもの」とは限らないということです。

 たとえば、「ウェブサイトが見られていない」という課題や、「ウェブサイトをもっと見られるものにしてほしい」という与件(要望)があったとします。ただこの場合、デザイナーが提案すべきは「ウェブサイトをもっと見られるようにする」だけとは限りません。

 ウェブサイトが閲覧されていないことは、そもそも問題なのか。その課題解決にとってウェブサイトの改善は最適なのか。もっと良い解決方法があるのではないか――。

 その考えの結論として「私たちデザイナーはこうします」という意思があり、それをこの「プロジェクト要件」のページに書くのです。この場合、たとえば「ウェブサイトをもっと見られるようにする」ではなく、「企業認知を高めるためにSNSを強化します」という要件にしても良いわけです。

 もちろん、考えを巡らせたうえで「課題をそのまま解決するもの」や「頼まれた与件をそのまま叶えるもの」に行き着いたとしても問題はありません。ただ、そこをしっかり考え抜かないと、プロジェクトの方向性を大きく見誤ることになります。要件設定を間違えてしまうと、そのプロジェクトが成功したとしても、企業や事業の成功につながらなくなってしまう。プロジェクトを行う意義に関わることなので、十分に分析するようにします。

 「プロジェクト要件」は、たとえば「デザインスプリントによって早期に仮説を検証する」といった方針レベルから、「若年層に共感を受けるサービスサイトを構築する」というような具体的な制作物に至るまで、記述の抽象度はさまざま。おおよそ「方針」「成果」「成果物」の約3段階に書き分けることができますが、どこに重点を置くかは状況によって異なります。

模式図。プロジェクト要件ページの例。ページサンプルが示されている。3つの項目が書かれている。ひとつめはプロジェクト方針。「デザインスプリントによって早期に仮説を検証する」とある。ふたつめはプロジェクト成果。「プロダクトの需要検証を実施した事業計画を◯◯までに立案する」とある。3つめは成果物。「プロダクトのプロトタイプ、検証用の広告資材」とある。

 方針レベルにとどめ、成果や制作物は企画提案する相手と一緒に考えていくようなプロジェクトの作りかたもありますし、いきなり制作物まで具体化するほうが良いケースもあります。これは、前提となる課題の粒度や、相手との関係性、デザイナーのケーパビリティによっても変わってくることです。ざっくりとですが、デザイナーが戦略フェーズから入るプロジェクトでは、方針や成果のレベルを中心に、デザイナーが制作や開発のフェーズを中心に動く場合では成果物レベルまで要件を細かく絞って書くのが実践的です。

多視点の交差と要件化の論理

 では、「課題や与件」から「プロジェクト要件」にどのように導いていけば良いでしょうか。プロジェクト要件の落とし込みは、企画提案においてもっとも創造性が問われる部分。端的に「こうすれば良い」とは言い難いものですが、ここではそのヒントとなるような観点だけでも紹介できたらと思います。

模式図。「課題や与件」を「プロジェクト要件」に導くための6つの観点。6つの観点が並んでいる。ひとつめは事業の観点。事業成果(指標)・顧客提案価値・事業リスク・業務運用などとある。2つめは経営の観点。中期経営計画・MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)などとある。3つめは市場の観点。競合動向・技術動向・法令動向・顧客動向・サプライチェーンなどとある。4つめは社会の観点。社会課題・生活文化・倫理観・自然環境などとある。5つめは相手の観点。予算・期限・期待値・部署ミッション・数値目標・人員などとある。6つめは自分の観点。実行可能性・成長性・持続性・自分や自組織のビジョンなどとある。また、事業と経営の観点を総合して「目的の確認」、市場と社会の観点を総合して「背景の確認」。相手と自分の観点を総合して「実現への整合」と分類されている。

 上の図は、「課題や与件」を「プロジェクト要件」に導いていく観点を示したものです。6つの観点から順番に分析していく流れを表現しています。

 最初は、事業の観点から。その「課題や与件」がどのような事業成果と関係しているのか、どんな価値提案に結びつくものなのか、事業運営のリスクはないか、業務運用にどのような影響を与えるのか。このような観点で課題や与件を分析していきます。具体的には、課題や与件を解決した姿と、事業のあるべき姿にギャップがないかを考えていくのです。

 たとえば、あるサービスのプロモーションの要望があったとします。ただ、そのサービスがローンチしたばかりで需要がつかめていない段階なのに、多額を投じるプロモーション計画が与件として設定されていたらどうでしょうか。

 一般論としては、大規模な広告投資には早すぎる段階と言えるでしょう。サービス設計と需要がフィットするまでは、デジタルプロダクトの磨き込みに注力するのが基本のセオリーです。デザイナーが与件をそのまま叶えて多数の認知を獲得しても、肝心のサービスそのものに市場性が欠けている状態では、事業の観点からみると広告費用の無駄打ちのようにもなってしまいます。

 この場合ではデザイナーは、「大規模な広告投資」の与件をそのまま実現するのではなく、「小規模ながらも、需要を細かく検証できるようなプロモーション施策」を提案することが妥当かもしれません。依頼された与件と求められる事業成果にギャップがあると感じた場合、その是正をはかるような要件を設定し提案すると良いでしょう。

経営戦略との一致点を探る

 次に、「事業」から視野を広げて「経営」の観点から見ていきます。

 「目の前の課題や与件を解決すること」と「経営課題の解決」はどうつながるのか。その関係性を分析し、プロジェクト要件にズレが生じないかを確認します。

 そのために参考にしたいのが中期経営計画書です。中期経営計画書は3年や5年の時間軸のなかで、企業の主要な経営課題やアクションが明記されているもの。多くの企業がウェブ上で公開しています。

 デザインで解決する課題や与件が、中期経営計画書で示される中長期のアクションとどのように関係するのか。もし明確に関連があるならば、その中長期の行動に沿うよう「プロジェクト要件」を設定するのが合理的です。直接的に関係がなかったとしても、中期経営計画という「大きな流れ」と、設定する「プロジェクト要件」が違和感なく合流できるかどうか、点検が必要です。

 同じように企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)との関係も確認していきます。プロジェクト要件をMVVの視点から言語化してみると、喫緊で叶えようとしている課題解決や与件の解消とは違った角度から要件が見えてくることもあります。

 プロジェクトの要件に企業の意志がこもり、必然性が生まれる――。その企業にとって、なぜそのプロジェクトを実行するのかなど、プロジェクト要件に深みが生まれます。

模式図。プロジェクト要件を、事業・経営・市場・社会と段々と視野を広げながら、プロジェクト要件を確認していく様子が示されている。複数の視座から、プロジェクト要件の意義を確かめていく、とある。