市場と社会の視点から背景を掘る
続いて、事業や経営の視点から離れて、「市場」の視点からプロジェクト要件を磨いていきます。市場の背景要因を分析し、社外に視野を広げてプロジェクト要件に変化を加えていきます。
設定しようとしているその要件が、競合他社への競争優位を得る結果になるのか。市場の技術動向とプロジェクト要件の歩調は合っているか。プロジェクト要件に影響を与える法令改正はあるか。顧客の行動や価値観の変化を考慮したものか。こういった多視点で確認を行っていきます。
市場視点の分析は、プロジェクト要件の「時間感覚」にとりわけ多くの影響を与えます。企業競争の視点から、プロジェクトの速度を上げる。法令改正などのルールチェンジのタイミングに合わせた段取りにする。事業成長に伴って事業課題がどう段階的に変化していくかを見極める――。プロジェクトの段取りやスケジュールにも変化が生じます。
次に、さらに市場を広げ「社会」の視点からも見ていきます。プロジェクト要件によって社会にどのような影響を与えるかを考えていくのです。
デザインは企業の利益創出の手段である以前に、「技術や情報」と「人間」との間の関係調整である点を忘れてはいけません。デザインは人の認知や行動に直接的に影響を与えるもの。デザインしたものが短期的なメリットを超えて、社会生活や社会文化の形成にどのように関わるか。倫理観をどう変形させていくか。デザイナーならば無意識のレベルでも考えていることでしょう。
仮に、利益重視の姿勢から社会になんらかの毀損が生じるものならば、プロジェクト要件にその懸念を抑止するような項目を盛り込むべきです。逆に、社会課題を解決し前進させるものならば、そのインパクトを言語化し、プロジェクトメンバーの動機づけを促すと良いでしょう。
相手と自分の視点から実現への整合性をはかる
最後に、相手と自分の状況をふまえて、プロジェクト要件に調整を加えていきます。「予算・期限などの制約条件」「企画提案に対する相手の期待値」「相手の部署のミッションや目標」に沿うよう、相手の状況に対して整合性をはかっていきます。
ときに、予算や期限の制約から、本来すべき理想的な解決策を実行できないこともあるかと思います。その場合では、予算や期限の制約をベースとした現実的な案を示しながらも、理想に近づけるための「制約を緩めた案」も同時に提案すると良いでしょう。
予算と期限を完全に度外視したプランは夢物語でしかないものですが、現状から制約のハードルをやや下げた案は、相手にとって調整の余地があるものかもしれません。仮に調整ができなかったとしても、そのプロジェクトのさらに先のアクションに向けた参考情報として有用なはずです。
相手の状況に合わせて調整したあとに、今度は「自分」に視点を移して考えます。
自分や自組織の能力から考えてプロジェクトは実行可能か。逆に、外部パートナーを活用せず自分たちの能力だけに固執してしまい、それがプロジェクト要件を狭める制約になっていないか。自分たちの成長につながるか。プロジェクトの実行が過度な負担になってしまい持続性を欠いていないか。自分や自組織のミッションに叶うものであるか――。これらを総合的に検討し、プロジェクト要件を詰めていきます。
そのプロジェクト要件はおもしろいか
最初に事業や経営の視点で目的を確認すること。市場や社会の視点でプロジェクトを行う背景を確認すること。最後に相手と自分の視点から、プロジェクトの実現に向けた整合性を取っていくこと。このような流れで、課題や与件をプロジェクト要件にしていく観点を解説してきました。
慣れないうちは丁寧に順を追って考えていくものですが、経験を積んでいくとすべての観点が同時に自分の脳内で組み合わさっていくようになります。それは、自転車に乗れるような身体知に近いものです。暗黙のうちに情報が瞬時に合体し、プロジェクト要件としてさっと出てくるようになるはずです。
より正確に言うならば、反射的に「こんなプロジェクトならおもしろいだろう」という要件の仮説がまず出てきます。それに対して、今回紹介した6つの観点から瞬間的に検証を加えていくイメージ。自分の「おもしろい」を起点としながらも、多視点から内容を磨き上げていく脳内作業です。
要件化に慣れてくると、自分の「おもしろい」が起点になっていきます。すると、企画提案書に体温が宿っていくようになり、プレゼンにも風圧を感じるようになっていく。そのデザイナーなりの個性が表れるようになってくるのです。