オーディオブックの変遷を振り返る
緑内障で失明し、本が読めないまま亡くなった祖父のような人の役に立ちたい。創業者であり代表取締役会長の上田渉さんのそんな思いから生まれたオトバンクは、日本最大のオーディオブック配信サービス「audiobook.jp」を運営している。ビジネス書から話題の小説まで、ナレーターが本を読みあげてくれる。
2018年1月時点では30万人だった会員登録者数は、わずか1年足らずで60万人を突破。現在は会員数が100万人に到達するなど、サービスは今、急激に成長している。だが、2005年春に加わった久保田さんは、当時をこのように振り返る。
久保田 そもそも、音のコンテンツというのが今と比較にならないくらい本当に少なかった。音楽以外の音のコンテンツというと、名優が読む朗読CDのようなものが書店で売られている程度。コンテンツもなければ、インフラも整っていませんでした。ですが、今後デバイスやインフラ、データ通信などの技術がさらに進化すれば、コンテンツの幅は増えるだろうし、映像はもちろん、音声もコンテンツのひとつになっていくと思ったんですよね。そうなったら張りぼてでもいいから、まずは自分たちで1つずつ作って始めよう。そう思い、雑居ビルに入居し、スタジオを作りました。
ですが、権利元の出版社さんとなかなか上手く進めていくことができず、最初の3年くらいは仕事がありませんでした。本当に暇なんです。でも、そのころから、伊藤をはじめとした制作部隊が少しずつ入社してきて、スタジオも作ってしまっていた。だったら自分たちで何か作ってみよう、というところから始めました。出版社さんから、これだったら音声にしていいよと言っていただいた本を録ってみて、それを配信して、ユーザーさんの反応をみて。
当時はSNSが今のように浸透していなかったので、電話やメールでアンケートを送って、ユーザーさんに答えてもらいました。伊藤やほかのディレクターが、いろいろな音響効果や音楽を加えたり、とてもこだわって制作した部分が、「こういうの要らないんだよね」とユーザーさんからばっさり言われることもありましたね(笑)。そんなことを繰り返している間に仲間も増え、僕らの音声コンテンツに関する知見がたまっていくにつれ、少しずつ作品を音声化する許可もいただけるようになっていきました。
――音声コンテンツ全般の、潮目が変わったと感じたタイミングはありましたか?
久保田 2006年に1回あったように思います。日本では2005年にiTunes Music Storeの提供が開始され、ちょうどその頃、アメリカでもポッドキャストが流行っていたんですよね。その流れを受けて、日本でも音声コンテンツをやろうという人たちがパッと出てきて一瞬盛り上がったんですが、2009年くらいに一気に下火になった印象です。要は、ビジネスモデルがまだなかったんですよね。それをビジネスにしていこうとなると難しかった。そこでオトバンクは2009年に、ポッドキャスト配信者への課金システムの開発も行いました。
ですがそれよりも、ここ数年のほうが、市場は大きくなってきた印象です。オーディオブックは、この2年で急激に伸びています。audiobook.jpのユーザーも、この2年で3倍にまで増えました。大きいのは、人気の書籍や映画化された作品、メジャーな作品のシリーズなど、多くの方に知られているコンテンツが揃ってきたということ。以前だと僕らがオーディオブックにさせてくださいとお願いしていたのが、出版社さんや作家さんから、これをオーディオブックにしたいお話をいただくこともすごく増えた。配信本数が一気に増えていることが、ユーザー増加の大きな要因だと思っています。