すべての責任とリスクを取りたい 起業への覚悟とクリエイターへの思い
――起業に至った背景について教えてください。
30になる節目までに川上から川下まで、そのすべてに取り組んでみようと思い独立をしました。起業した理由は大きくふたつあり、ひとつは友人のクリエイターやアーティストの課題を解決したかったから。
クリエイターとして活動した結果、役者さんやアーティストさんの友人も増えたのですが、みんなすごく困っていたんですよね。アーティストの仕事とバイトを両立させながら頑張っていたり、舞台のお客さんを集めるために下北沢でチラシ配りをしていたり、30歳を節目にクリエイターの仕事を辞めて企業で働くことを選んだり……。そんな友人の姿をみて、この状況を解決しなければならないと思いました。これでは日本としてもクリエイターは育っていかない。クリエイターの作品と触れる環境がもっと必要だと感じたんです。
もうひとつは、自分ですべてをやらないとリスクを背負いきれないと感じたからです。電通時代に当時のクライアントからこう言われたことがありました。
「あなたたちはこの商品が売れなくても給料は下がりませんよね。でも僕らはこれが売れなかったら責任をとらなくてはいけないし、そうすれば家族を養えなくなる。だからあなたがたとは覚悟や思いが全然違うし、そこはわかりあえません」
この言葉がずっと心に残っているんですよね。たしかに広告代理店時代は、制作した映像があまり伸びなかったとしてもそれで責任を負わなければならなくなったことはありません。
その気持ちや覚悟をわからずに、クリエイターづらしているのも何か違うのではないかとも思いましたし、経営者の人や政治家の人などと話していてもどうしても見えている景色が違う。その差は自分が“表現の”クリエイターをしているだけでは埋められないと感じ、一度お金の部分からアウトプットまですべての責任とリスクをとってみたいと考えるようになりました。
現在代表をつとめる会社では、舞台や展覧会のオススメチケットを毎月届けるサブスクサービス「recri」を運営しています。
たとえば一般的なチケットサイトには、ありとあらゆるものが扱われています。そのため「意を決して行ってみた舞台がつまらなかった」「歌舞伎に行ってみたけど全然理解できなかった」といった経験によって、もう行かなくていいやとなってしまう人が多い。それが原体験として良くないのではないかと考えています。
そのため僕らのサービスでは、良いものを選んで、良いと思う人に勧めているという形をとっている。つまり、僕らが間違いないと自信をもって勧められるものだけを扱っているんです。初心者の方でも安心しておもしろいものを体験できる。それが反響をいただいているポイントだと思います。最大の売りは「目利き」であるわけですが、そうなると僕は自分に対して、「目利きしているお前が作っていないのに何言ってるの?」と思ってしまうので、やはりものづくりはやめてはいけないと思っています。
――キャリアを選択するなかで、軸にしていたことはありますか?
30代になった今とくに、「個人の力」を大切にしていきたいと思っています。電通にいたときは、「栗林」に仕事を頼んでいるのではなく「電通」という会社に依頼してもらっていることがほとんど。ですが時代も会社の形もどんどん変わっていきますし、不確実な世の中と言われる今だからこそ、会社やポジション、肩書に依存しないようにしていきたい。そのために、川上から川下までのすべてを担うと言う経験を、すべて自分のスキルとして貯めていけたらと思っています。
正直に言えば、もともとはいわゆる「ステータス」が大好きだったタイプなのですが(笑)、今はそれをなるべく剥いでいこうとしています。首相官邸への出向などを経験をさせてもらった結果、その逆振りで、一度全部捨てようと思ったんです。出向していた20代の当時は、自分は何者でもないのに、総理の横にいることで少しえらくなったような気分になる。それを情けないと感じるようになったのは大きな変化でしたね。
そういった経験をへて、一回すべてを捨てて、栗林個人としてバリューのある人間にならなければならないと思い、今のキャリアを選びました。