連載を振り返る とくに重要なのは「観察力」「変化への対応力」
第1回「アートを学んだことでコンサルスキルが伸びた理由――ビジネスとアートの接点とは」の連載から一貫して、アートがビジネスの現場でどのように活かすべきかについて考えてきた。美意識や創造性としてのアートは、これからのクリエイターやビジネスパーソンにとって必要な教養である。一方、多くの人にとってアートとの距離感は遠く、日々の仕事やタスクで実践することは難しい。そのギャップを埋めたいというのが私の思いである。
どうすれば、論理思考やデザイン思考のように、誰もがビジネス現場でアーティストのように考え、表現することができるのだろうか。本連載で述べてきた中で重要テーマを挙げるとするならば、「観察力」「変化への対応力」である。
「観察力」については第1回で詳しく述べているが、アーティストと一般人の違いのひとつが物事を観る力だ。アーティストが独自の世界観を作品として表現できるのは、この観察力が基礎の土台としてあるからである。視覚に映っているものだけでなく、五感をフル活用し物事を捉える。そこにほかの人では気づけない、新しい気づきがある。それを表現することが、アーティストの価値なのである。表現力については、第2回を参照してほしい。
「観察力」はビジネスの世界でも十分に実践できる。たとえば、ダッシュボードに表示される数字だけでなく、五感を研ぎ澄ませて現場を観察してみると、数字だけを追っている人では気づけない課題を発見できるかもしれない。当然ながら、漠然とモノゴトをみているだけでは気づくことは難しく、とくに忙殺されるビジネスの現場の中で、じっくりと観察することは簡単なことではないだろう。しかしそんな多忙なときこそ状況を正しく捉え、真因を解決しなければならない。そのためには、誰よりも観察すること、そして違和感に気づくことが重要である。
もうひとつ大切なことは「変化に対応する力」である。コロナ禍で急激に世の中が変わっていく中で、クリエイターやビジネスパーソンにとって必須のスキルとなっているこの力については、第8回から第11回の計4回を通して深く考察した。
とくに第10回で掲載したマインドセットは、クリエイターやビジネスパーソンが現場でアクションを取るためのカギとなる。効率化を追及する傾向のあるビジネスでは、これまでと違うことを実行するインセンティブが低い。しかし、これでは時代に取り残される可能性が高い。
ピカソなど一流アーティストも時代とともに自身の作風を変化させてきた。ときにはこれまでの自分を自身で否定し、新しい表現にも貪欲に取り組んでいる。「破壊と創造」を繰り返すアーティストは、作品、そして何より自分自身と向き合っている。苦しみ、失敗も重ねながら、新しい価値を生み出しているのである。
変化したいと考えるクリエイターやビジネスパーソンに必要なのは、まず自分の仕事や自分自身と向き合うことだ。内省を繰り返し、これまでの成功を手放し、小さな失敗を重ねながら、新しい領域にチャレンジしていくことが求められている。
Workが仕事から作品に変わるとき
「だれでも描けるし、描かなければならない」
これは岡本太郎氏の著書『今日の芸術~時代を創造するものは誰か~』での言葉である。アートというのはアーティストだけのものではない。上手く描くか否かといった技法の問題ではない。そもそも生きかたやありかたとして考えるべきである。
そもそも“アート”とは曖昧な言葉である。芸法、芸術、芸道など幅広い意味を含んでいる。私の理解では、それぞれの言葉のニュアンスは以下である。
- 芸法:クラフトなど、その技や方法そのものに価値がある。
- 芸術:テクニックなど、人が身につけて活用することに価値がある。
- 芸道:精神性など、それを活用して何を成し遂げるかに価値がある。
法・術・道それぞれに優劣があるわけではない。たとえばアカデミックでは方法論そのものの価値が比重が高いと思われるが、ビジネスではいかにその術(すべ)を身につけて結果を出すことができるかが求められる。そのため、巷で言われているアート思考やアートシンキングの多くは、術(すべ)に分類されると考えている。
しかし、時代に名を残す多くのアーティストは自分の考えを昇華させ、新しい“道”を切り開いている。模写によりこれまでの芸術を踏襲するフェーズもあるが、そこにとどまらず、守破離により新しい価値観を創造しているのである。
そのため、クリエイターやビジネスパーソンも、目の前の仕事を自分オリジナルの作品へと昇華させるためには、その“道”を極めることが必要である。これは短期間で身につくテクニックではない。中長期的な視点を持ち、日々自分と向き合いながら、破壊と創造を繰り返す必要があるのだ。